万年輪廻

記録、日記

8月5日

8月になった。

真夏日が続く。

 

トルコの森は燃え続けている。

雨さえ降れば、と友達は言っていた。

雨と愛はおなじねと歌ったトルコの昔の歌を思い出す。

燃え盛る火を見ては、本当に暗く澱んだ気持ちになる。

 

そしてトルコではまた女性殺しも起きた。

トルコには死刑がないので、どれだけ残虐な殺しをしてもまたふつうの世界に帰ってこれる。

ニュースで明るみにされた、男の愉快犯のようなやり口にゾッとした。

弱い人がいじめられてばかりの世界が恨めしい。

 

昨日電話していて、「あなたの将来の夢は何?」と聞いた。

電話の向こうの人は「幸せになること」と言った。

30歳を目前にしたいい大人の将来の夢には、何の具体性もない。

将来のヴィジョンの具体性が削がれていくことこそ、歳をとるということなんだろう。

なんてつまらないんだろう。

しかし、わたしはわたしで「満足して死ぬこと」と答えた。

 

毎日着実に死に向かっている。

コロナはもう収まる気配がないし、地球はどんどん温暖化が進んでいる。

トルコの森も燃えている。雨も降らず。

人類が好き勝手してきた罰なのか。

アフガニスタンの銃撃戦で市民4人が死んだ(殺された)というニュースも見た。

生きてる間の困難すべてが何かの罰だと言われて誰も納得できない。

命が消えていく。

躍動が家の中に閉じ込められる。

無力の中に封じ込められる。

この圧力はどこから来ているのか。

生きづらさが世界を平らにならしていく。

踏まれていく。

森も街も戦場も東京の競技場も。

死の匂いでいっぱいだ。